2019年の夏は長期縦走をしていなかったので、なんだか消化不良な気分だった。
私は焦っていた。深夜発の高速バスが、晩秋には終わってしまうからだ。
コースタイムを計算し、縦走路を指でなぞっては戻るのを繰り返す。そんな中出てきたのが蝶ヶ岳である。
健脚者なら余裕の行程だろう。しかし、こちとら足が遅い。少し余裕がありすぎるくらいがいいのだ。

【コースタイム】
9/19
三股登山口 5:30 - まめうち平 7:40 - 8:00 - 蝶ヶ岳 11:45 泊
9/20
蝶ヶ岳 8:00 - 長塀山 8:55 - 徳沢 11:50 - 12:50 - 明神分岐 13:30 - 小梨平 14:10(風呂) - 上高地バスターミナル 15:20
乗ったバスは三股登山口、一ノ沢登山口行きだったが、三股方面へ行く登山者は私を含め3名だけだった。
夜が明けきらない早朝4時、タクシーに乗り換える為に経由地で一旦バスを降りる。そこからは約20分ほどで第一駐車場に着いた。
あたりはまだ暗い。準備を整え、登り始めはバスが同じだったお二人とご一緒させていただいた。

沢山のキノコがそこかしこに生えている森の中はまだ湿度が高い。
少し歩くと有名なゴジラの木が出てくる。普段は9割単独行なので撮影スポットでポーズをしたりする事はまずないのだが、楽しいひと時であった。

ゴジラ 「ンギュ……ムギュウゥー……」 ちょっと詰めすぎじゃなかろうか。



前日に雨が降ったのか、霧が立ち込めている。もやの中を進んでいくとまめうち平に到着だ。


少し休憩したのち、再び森へ歩き出したのはいいけれど、相変わらず湿度が高かった。
しかし、人間には不快な湿度もキノコや植物達にとっては過ごしやすい環境なのだろう。


笠の部分が透明のキノコ。

大きなシダ。

Kプーとは?

薄ぼんやりとした空気の中、木の幹が奥へ奥へと続く。
樹皮に所々苔が付いていて、いい色である。こうしてゆっくりと歩いていると様々な物が見えてくるのだ。時間があるのなら急ぐのはもったいない。



これが出てきた時、何か森の者にでも遭遇したかのような感覚になった。仲間になりますか?

一枚だけ黄色く色付いた葉。

今まで見た事もないような特徴的なきのこが多い。これはなんだろう。
直接触りはしなかったが、ふわふわとした枝が伸びているような。これはとても良いものだ、と心の中で褒めておいた。


それにしても、この森はいい森だ。目に止まる物の多くが、私の好みの色や形だった。そんな事もあり、森を抜けるのに随分と時間が掛かってしまったのである。


この辺りまで来ると少しづつ木々の隙間が広くなり、急に晴れてきた。どうやら霧は山の麓にだけ溜まっていたようだ。


階段を登る途中で、突然右側の視界がバッと開けた。

あたり一面の雲海だ。遠くの方で山々がぽっかり浮かんでいる。
さっきまであの雲の下にいたのだが、世界の違いに頭が付いて行かず、しばしぼうっと眺めていた。



もうすぐ森林限界かと思っていたのに、また樹林帯の中へ入ったりする。途切れ途切れに視界が広くなるのだが、なかなか稜線には出ない。

この最終ベンチの看板からが長かったように記憶しているが、ただ単に疲れていて、そう感じたのかもしれない。



木がだいぶ低く、華奢になってきた。もうすぐ稜線だ。


樹林帯を抜けた第一声は、「暑い…」だった。暑さに対しての独り言をぶつぶつと唱えながら登る。


この草の生える斜面を登ると辺りはハイマツに変わり、道は緩やかになっていく。そして思わず声が出た。



6月に行った北八ヶ岳以来のテント泊装備だったからかどこまでも続く山並みに、いたく感動したのだ。

反対側を見ると目の前には荒々しくも凛とした山が並んでいた。槍は尖っているし、尾根はもの凄い角度で切り立っている。
最高だ。


テント場は開放感があって、天気も晴れ。とてもいい気分だ。
眺めの良い前の方に立てようかと思ったが、ハイマツに囲まれて風を遮れる後ろ側に立てることにした。

一休みしてから山頂へ向かうと、もう午後だった為か人はまばらだ。あまりにもいい天気なので、しばらく周辺を散策しスケッチをして過ごした。






山並みに惚れ惚れしていると、登り始めをご一緒したお二人がやってきて三人で散歩へ出かける事に。


山荘から、常念岳方面へ出発。日が落ちる前までの時間を逆算し、蝶槍の手前まで行く事にした。
やはり、山々を見ながら稜線を歩くのは開放感があって気持ちがいいものだ。
森には森の良さがあり、とても好きなのだがこの景色を見てしまうとどうも稜線に気持ちが傾いてしまう。

登っている最中は日差しが強く暑かったが、稜線上には草紅葉。もう秋の気配が広がっていた。

思わず顔がほころぶ。
これまで秋の北アルプスに行った事がなかったので、緑や白ではない、植物の色づきを見る事が出来て嬉しかった。


こんもりとした緩やかな稜線を歩く。天気が良かったからか、そこにいる人たちは皆いい顔をしていた。



日も傾いてきた事だし、そろそろ戻ろう。



中央の黄緑色のテント(NEMO TANI 1P)が我が家である。いい家だ。

夕食を作り、夕日を見る。山の輪郭がはっきりと見えてきた。


しばらく外にいたら、体が冷えてしまったので小屋でホットカルピスを飲むことにした。
山荘の談話スペースでは相撲の中継が流れていて、おじさん達は一丸となって応援している。山の上で力士に釘付けだ。
外国からの登山者もちらほらおり、一緒になって相撲で盛り上がっている姿はなんとも平和な光景であった。

2日目
朝起きると、既に太陽は出た後。

光の当たり方で、山の印象はガラッと変わっていた。


テン場にもオレンジ色の朝日が当たる。
下山の時間に余裕があったので、ゆっくりと準備をしていると周囲のテントはすっかりいなくなっていた。


今日はなんだか薄曇りである。稜線が見えなくなるのが名残惜しくて、ザックを背負ったままこの風景を見ていた。


槍ヶ岳は今日も変わらず尖っている。


背の高いハイマツの間から何度も後ろを振り返っては、山を眺めた。



森の中へ入って行くと、来た時とは違う植物が目を楽しませてくれた。
植物は好きなくせに、あまり名前を調べたりはしない。よく知らないが、色や形を観察しておくのが好きなのだ。


もしゃもしゃした花。この花はなかなか気に入っていて、そのうち絵の要素になりそうな気がしている。


森を抜け、下山後に徳沢で食べたソフトクリームは、甘くてとても美味しかった。
次にここを登る時は、常念へと縦走したいものだ。